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東海愛知新聞

「物の大切さ」伝える

90代の元職人が包丁研ぎで“起業”

元家具・仏壇職人の稲葉隆昭さん(92)=岡崎市=が、毎日欠かさなかった「かんな」や「ノミ」といった道具の手入れで培った技術を生かして、刃こぼれや切れ味が落ちた包丁をよみがえらせる「包丁研ぎ」を請け負っている。現在も“手仕事”を続ける意欲を支えるのは、大量生産・大量消費の時代に「1つの物を長く大切に使う」ことに気付いた依頼者の笑顔と働くことができる喜びだ。()

戦時中は日本海軍の無線機設計を担当したという稲葉さん。その後、23歳でものづくりの世界に飛び込み、家具職人を経て仏具・仏壇会社(店)などを創業した。現在も町内にある仏壇店は長女夫妻が経営している。

仏壇店の職人や経営者としての第一線から退いた後も、解体することになった古い仏壇の木材部品でティッシュボックスや花台を趣味で作って配ったり、()()みの知人らに頼まれて刃物を研いだりしていた。70〜80代の10年間は内装を自分で“キャンピングカー仕様”に改装したトヨタ自動車の「ハイエース」で全国を回る釣り旅行を敢行。「『何もしない』というのが何よりの苦痛だ」と生まれついての活動的な性分を垣間見せる。

依頼を受けて包丁を研ぐきっかけになったのは昨年9月、3女の里見邦衣(53)さんとの同居。庭の一角に“作業場”を作り、12月に始めた。これまでステンレス、セラミック、鋼といったさまざまな素材でできた菜切り包丁や出刃包丁、刺し身包丁、魚の解体包丁、時には剪定(せんてい)ばさみや裁縫ばさみなど60本程度を研いだ。中には「親の形見だ」という裁ちばさみも。おがくずと接着剤を混ぜた“パテ”を、包丁の柄の欠けた部分に埋めて修理することもある。

稲葉さんや里見さんが驚いたのは、依頼者の多くが使えなくなるたびに包丁を買い替え、使えなくなった何本もの包丁を自宅に置いたままにしていること。包丁研ぎの料金は1本500円。稲葉さんが切れ味をよみがえらせると、同じ人が「あれも、これも」と持ち込むケースも少なくない。

稲葉さんは刃物を研ぐ機器は使用しない。研ぎ石を使って1本1本の刃を丁寧に研ぎ上げる。素人目で一見しただけでは分からないほどの刃こぼれも、稲葉さんは切っ先を日光に当て、わずかな反射の違いで見つける。現役時代に道具と常に真剣に向き合ったことで“研ぎ”澄まされた職人ならではの目だ。その切れ味は「本物」。研いだ包丁を、片手で端を持った新聞紙に当てると力まなくても抵抗なく新聞紙が切れていく。その切れ味に里見さんは調理中、誤って指を切ったこともしばしば。

現在の目標は包丁研ぎで受け取った料金を10万円ためて、子どもらがお世話になった大学に全額寄付することだという。稲葉さんは「切れ味がよみがえっていく過程が楽しくて仕方がない」と目を細める。

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