それぞれに自民議員
本紙関係3選挙区 真冬の衆院選 振り返り
1990(平成2)年以来36年ぶりの2月投開票となった第51回衆議院議員総選挙は、自民党が圧勝し、野党第1党の中道改革連合が惨敗した。本紙関係エリア(愛知12、11、14区)でも自民が2勝し、1人が比例復活。各選挙区に与党議員が存在することになった歴史的な選挙を振り返る。 (竹内雅紀)
「追いかけて、追いついて、追い抜く」。愛知12区(岡崎・西尾市)の自民党元職・青山周平氏(48)が公示日の第一声で発した言葉だ。見据えた相手は中道改革連合前職・重徳和彦氏(55)。青山氏は2012(平成24)年の初当選時に小選挙区で重徳氏に勝ったが、14年以降は4連敗。前回(24年)は政治資金収支報告書不記載問題で比例重複がなく、落選し浪人生活を送った。
新党・中道は脅威だった。連立与党として支援を受けていた公明党が相手側に回り、それに加えて労働組合の組織票。参政党からも候補者が出たことで保守票の流出が懸念された。また、共産党の候補者擁立断念で、反自民票の分散が見込めず「重徳氏有利」との見方が大勢だった。
しかし、有権者の反応は違った。中盤に「接戦」の情報が入ると、支援者は「これでいける」と青山氏に声を掛けたが「まだ中盤。油断が一番危険」と気を引き締めた。「責任ある積極財政」提唱者の1人で、高市早苗首相(自民党総裁)が所信表明でその言葉を引用した。「岸田、石破政権では採用されなかったが、高市首相が使ってくれた」と喜んだ。絶大な人気を誇る首相の愛知12区入りはなかったが、地道に街頭で政策を訴え続けた。
市中の反応良い
「市中の反応は良かった。前回は本当につらかった」と青山氏。高市首相が写った政策パンフレットは街頭での需要が高かった。「今までほとんど声を掛けられることがなかった20〜40代女性の反応も良かった」と言う。
当選から一夜明けた9日、青山氏は「比例繰り上げ当選(19年)も2月だった。2月の国政復帰は2回目。縁を感じる」と語った。
「こんなこともあるのか」。小選挙区で敗れ、比例復活した重徳氏は9日、本紙の取材に言葉を絞り出した。公示前日には「中道の説明が難しい」と述べ、結党から間もない組織への対応に苦慮する場面が見られた。
中道への支持の伸び悩みが分かると、「重徳党」「三河党」「志一本」などの表現を用い、人物本位での選択を呼び掛けた。陣営も中盤以降、「逆転」や「逆風」といった文言を使い、終盤には「ヤバい」を繰り返した。期間中、公明党関係者は「いつも通りやるだけ」、労組関係者は「今回の選挙は難しい」とつぶやいた。重徳氏は「中道を理解してもらうのに時間が足りなかった。負けに不思議な負けはない」と振り返った。
「生き延びた」
中道の比例残り1枠に滑り込み、「生き延びた」と表現した重徳氏。ある自民関係者に「重徳氏が中道でなく無所属で勝負にきたら危なかったかもしれない」と言わせる存在だが、今回は割りを食った形となった。重徳氏にとって、15年前の愛知県知事選でも敗れている2月は“鬼門”なのかもしれない。
有権者からは「(青山氏、重徳氏の)2人が国政で活躍することは地元にとっていいこと」との声が多く聞かれる。ともに県立岡崎高校ラグビー部出身の両者の戦いは今後も続く。
守った「牙城」
勢いに乗り復活
愛知11区(豊田・みよし市)は、旧民主党系の牙城。全トヨタ労連をはじめとする強固な組織票に加え、元民放アナウンサーの知名度を生かした国民民主党前職の丹野みどり氏(52)が初当選の前回よりも票を上積みして再選を果たした。
愛知県内16選挙区の中でも非自民の候補が強い11区。丹野氏は初当選以降に「おしゃべり会」と題したミニ集会を重ね、女性や無党派層の支持拡大に努めた。
豊田高専出身で同校非常勤講師の経験もある自民党新人の藤澤忠盛氏(54)は公示9日前に立候補が決定。短い準備期間にもかかわらず、追い風に乗って比例復活で国政進出を果たした。最終盤には東京から妻も応援に駆け付けた。
不在でも盤石 大臣の期待も
愛知14区(豊川・蒲郡・新城市、幸田・設楽・東栄町、豊根村)は自民党前職の今枝宗一郎氏(41)が自身最多得票で6選。デジタル、内閣府両副大臣としての公務で在京日が複数あったが、盤石の強さを見せつけた。
期間中は気の緩みを警戒して「今回は大丈夫じゃない」という文言を多用し、引き締めを図った。選挙区には多くの大物政治家が応援に入り、中道改革連合前職の大嶽理恵氏(48)に比例復活を許さない大差をつけた。支援者からは「6期目には、ぜひ大臣を」との声も多くあり、地元の期待は膨らむばかりだ。
大嶽氏は公明党や労組系の議員の支援を受けたが、力及ばず。ある労組系議員は「新党の浸透に時間がなさ過ぎた」とぼやいた。
