城下町の遺構複数発見
康生地区 マンション建設予定地に石垣など
岡崎市康生通南2のマンション建設予定地で進められている発掘調査で、過去の城下町の姿を示す遺構が複数見つかった。市教育委員会の担当者は「決して大規模な調査ではないにもかかわらず、これだけの成果が出てくるのは珍しい」と興奮気味に話す。(犬塚誠)
同所は岡崎城の最外郭のうちで南東の隅に位置しており、遺跡が広がっていた可能性があるエリア。本年度初めに市教委が行った試掘で石垣が出現したことから、9月に本格的な調査へと移行した。調査面積は580平方メートル。深さ2.5~3メートル近くまで掘り進めた。
新発見は、江戸時代に造られた道路の遺構。幅約3.2メートルで、砕石の上に粘土状の土が締め固められている。側溝もある。岡崎城とその城下町の発掘調査はこの約45年間に80回以上行われているが、構造がほぼ完全に分かる道路が見つかるのは今回が初めてという。
道路遺構に並行するように、石垣も出てきた。高さは約1メートル。築造時期は不明だが、江戸時代の道路に沿って立っていることから道路と同時期の可能性がある。古絵図では同じ位置に土塀が描かれており、絵図の土塀に石垣が使われていたことをうかがわせる。
石垣の下には沈み込みを防ぐための木材が埋められており、当時の技術精度や技法を知る上でも貴重だ。また、石垣と道路の幅や位置関係などを古絵図と対比すれば、城郭の最外郭にある「総堀」の位置や、区画の大きさなどを解明する手掛かりになる場合もある。
直径1メートルを超える大型の柱穴の列も確認された。同所は善立寺(現同市祐金町)があったとされる場所。同寺は徳川家康の祖父・松平清康の岡崎入城に伴って安城から移転した経緯があり、柱穴は松平氏入植初期の善立寺に関わる遺構である可能性も含んでいる。
調査期間は12月中旬ごろまで。結果は報告書として2027年度までに公表される。遺構はマンション建設によって姿を消す予定だが、マンション開発を担う中電不動産株式会社(名古屋市中区)の担当者は「何らかの形で石垣を残せないかと考えている」としている。
