岡崎市八帖町、まるや八丁味噌(みそ)(浅井信太郎社長)で、78年ぶりに木桶(おけ)が新調された。22日、真新しい木桶が敷地内に運び込まれ、社員らが集まって神事が行われた。浅井社長は「木桶で味噌を作るという伝統を守ることで、岡崎の八丁味噌を全国にアピールしたい」と話した。(大津一夫)
延元2(1337)年創業の同社には約200本の木桶があり、確認できるものでは元治元(1864)年が最古。
大きな木桶に約6トンの大豆を入れ、その上に約3トンの重石を円錐(えんすい)形に積み上げて味噌を熟成するという伝統を守っている。
同社が最後に木桶を新調したのは昭和7(1932)年。古くなった木桶は社員が補修して使っていたが限界に近づき、味噌と重石合わせて10トンもの重さに耐える木桶を造る会社を探していたところ、麹(こうじ)菌を取り引きしている業者から堺市の藤井製桶所を紹介された。同社の職人・上芝雄史さん(59)が昨年6月、同社を訪れ、新しい木桶の製作に取り掛かった。
上芝さんによると、しょう油や日本酒用の桶を中心に製造している同社でも、味噌用の木桶の注文は珍しいという。「ほとんどがステンレス製に代わり、木桶のみをつかっているのは、岡崎の八丁味噌くらい」と話す。
吉野杉を使い、桶用に使用できる部分を選んで乾燥させ、組み立てた。高さ2メートル、直径2.25メートル。最大で11.5センチの厚さがある。
上芝さんは「末永く使ってください。孫がまるや八丁味噌を訪れ、『おじいちゃんが造った木桶だ』と言ってくれたらうれしい」と話し、「自分の子どもが誕生したようだ」と3つ並んだ木桶を見上げていた。
この日は岡崎商工会議所ものづくり委員長の古澤武雄副会頭と、八丁味噌協同組合を構成する隣のカクキュー八丁味噌の早川純次代表社員も訪れた。
浅井社長は「八丁味噌協同組合としても今後、木桶の新調を継続し、後世に伝統を伝えたい」と話していた。