立派じゃないか 我が町の山車
岡崎市橋目中町
97年前 豊田市高橋町に売却
町史編さんで見学
岡崎市橋目中町で、町史編さんの気運が高まっている。手始めに町の有志らがこのほど、97年前に同町から豊田市の高橋町に売り渡された山車の見学に出かけた。
この山車は、尾州の彫り物師、瀬川治助重光の作。嘉永元(1848)年に旧橋目村に納められたが、明治42(1909)年に600円で旧高橋村の新屋(あらや)という集落に売却された。当時、米一石(約140キロ)が4円だったというから相当な金額で、新屋は以後10年間、村の付き合いをやめたという。現在では毎年10月第2日曜日の八幡宮祭礼に町内を引き回されている。
橋目中町は、戦後のころまで60戸ほどの世帯数で推移していた。今では約800戸と10倍強にふくれ上がっている。このため、身近な町の歴史を掘り起こして町民同士の共通の話題にできたらと町史作りを計画、近く準備会を発足する予定。
そうした中、「せっかくのチャンス。橋目中町にゆかりのある山車を一度見ておこう」と町民有志20人ほどが祭礼前日、組み立てられた山車を見学に行った。全体に施されたみごとな彫刻や、高さ4メートルあまりの実物の迫力に「すごい」を連発。まだ、ほかにもたくさんあるであろう“我が町”の歴史に思いを馳せていた。