「岡崎空襲」から61年
平和への誓い新た
遺族ら戦没者の冥福祈る
昭和20(1945)年7月20日未明の「岡崎空襲」から61年。岡崎市では19日、市主催の戦没者及び戦災死者追悼式が行われた。遺族らは戦没者の冥福を祈りながら、平和への誓いを新たにした。
追悼式は市民会館大ホールで行われ、遺族ら約1,400人が出席。戦争の犠牲となった同市出身の軍人、軍属、一般戦災死亡者3,758柱(うち岡崎空襲による戦災死者207柱)の霊に黙とうを捧げた。
「岡崎市戦没者及び戦災死者之霊」と書かれた標柱の前で、柴田紘一市長らが追悼の言葉を述べたあと、各学区遺族会の代表らが菊の花を手に次々と祭壇の前に進み、献花した。
慰霊碑まもる会も
岡崎空襲の慰霊碑をまもる会(梅田章次会長)は19日、岡崎市康生通3丁目のクレオビル東北角にある「岡崎空襲の慰霊碑」前で市民慰霊祭を行った。今年で30回目。
梅雨とは思えない激しい雨の降る中、市民ら約40人が参加した。
あいさつに立った梅田会長は「この近くで空襲にあったが身の毛のよだつ思いだった。この体験を伝えていきたい」と話した。
今年の語り部、日名南町の佐々木勝己さんは小学校4年生のとき、岡崎城の隣にあった生家で空襲に遭い、妹と2人で焼夷弾の弾筒を踏みながら伊賀川を渡り、龍城橋の下で一夜を明かした体験を話した。その後、参列者が一人ひとり慰霊碑の前に出て献花し、手を合わせた。
この碑は、故加藤庄一さんらが中心になって市民に呼びかけ、昭和52(1977)年に建立した。以来、まもる会の手によって市民慰霊祭が行われている。