2008年7月10日掲載
車を「走る広告塔」に
服部直巳
【ハットリマーキング専務取締役】
質問
- 自社の最近の取り組み
- こうなってる!2020年の岡崎
- ほっとする時間
- 昭和35(1960)年の創業当初は、ペンキと筆で看板を手描きしていました。職人の仕事です。それがコンピューターを使って、デザインを切り取る時代になりました。単色が多色になり、大型プリンターが登場して大量生産が始まりました。わが社では中期計画の中心に、ラッピングカーを据えています。ロゴや、企業イメージを表現したデザインで車全体を包みます。街の中で多くの人から注目を集めるので、「走る広告塔」として有効です。凹凸のある3次元の車体に、平面のシートをはるのは職人技が必要です。全国を走っている救急車の赤いライン、国連の車を示す「UN」の文字も手がけています。
- 城下町として歴史のある岡崎は、お寺も多い。しっとりとした情緒のある大人の街になってほしい。
- ジャズなど好きな音楽を聴いている時。古民家風の落ち着いた雰囲気の店で、食事をしながら会話をしている時。